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釧路地方裁判所 昭和30年(ワ)135号 判決 1961年10月31日

原告 国

訴訟代理人 片山邦宏 外三名

被告 岩田歳男 外四名

主文

一、被告岩田武男は原告に対し別紙目録第一の各土地につき昭和二五年八月一七日釧路地方法務局受付第三、六〇三号をもつてなした各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二、被告中村信一は原告に対し別紙目録第一、(三)記載の土地につき昭和二六年一一月七日釧路地方法務局受付第三、八九九号をもつてなした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三、被告土屋正司は原告に対し別紙目録第一、(四)記載の土地につき昭和二九年一〇月二二日釧路地方法務局受付第四、〇七七号をもつてなした所有権移転登記及び同目録第一、(五)記載の土地につき同年一二月二二日釧路地方法務局受付第五、一五九号をもつてなした所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

四、被告土屋広司は別紙目録第一、(一)、(二)記載の各土地につき昭和二五年八月一七日釧路地方法務局受付第三、六一九号を以てした各所有権移転登記の抹消手続をせよ。

五、被告株式会社北洋相互銀行は別紙目録第一、(四)記載の土地につき昭和二六年三月二九日釧路地方法務局受付第三三七号及び昭和三〇年五月二八日同法務局受付第二、一六五号をもつてなした各根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

六、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、別紙目録第一記載の各土地は原告の所有であるが、同目録第一の(一)、(二)の土地については昭和二五年八月一〇日、同(三)乃至(五)の土地については同月一七日にいずれも自作農創設特別措置法第二三条の規定によりもと被告岩田武男の所有であつた同目録第二の土地との間に所有権の交換が成立したものとしていずれも同年八月一七日釧路地方法務局受付第三、六〇三号をもつて被告岩田への所有権移転登記がなされ、その後同目録第一、(三)記載の土地につき被告中村信一のために昭和二六年一一月七日同法務局受付第三、八九九号をもつて同年九月四日付売買を原因とする所有権移転登記が、同目録第一、(四)記載の土地につき被告土屋正司のために昭和二九年一〇月二二日同法務局受付第四、〇七七号をもつて同年一〇月一六日付売買を原因とする所有権移転登記手続が、同目録第一、(五)記載の土地につき同被告のため同年一二月二二日同法務局受付第五一五九号をもつて同年一二月六日付売買を原因とする所有権移転登記が、同目録第一、(一)、(二)記載の各土地につき被告土屋広司のため昭和二五年八月一七日同法務局受付第三六一九号を以て同日付売買を原因とする各所有権移転登記が、同目録第一、(四)記載の土地につき被告株式会社北洋相互銀行のために昭和二六年三月二九日同法務局受付第三三七号をもつて、被告岩田武男との間の同日付設定契約を原因とする根抵当権設定登記及び昭和三〇年五月二八日同法務局受付第二、一六五号をもつて被告土屋正司との間の同日付設定契約を原因とする根抵当権設定登記がなされた。

二、しかしながら右交換は次の理由によつて成立していない。即ち(一)右交換には自作農創設特別措置法第二三条第一項所定の市町村農地委員会(本件においては釧路市鳥取地区農地委員会)の指示がなされていない。(二)同条第三項所定の右農地委員会と右指示を受けた交換すべき小作地の所有者との間の協議がなされていない。(三)従つて協議の成立もなく当事者間における交換契約の意思表示も存在しない

三、仮に右交換が成立したとしても、右交換には以下に述べる瑕疵があり且つその瑕疵は重大且つ明白であるから右交換は無効である。(一)、仮に前記農地委員会の指示があつたとしても、右指示をなすにつき右農地委員会の議決を経ておらず、仮に右議決がなされたとしてもその議決は、交換の目的となるべき土地についてその地番、地目、地積等を特定しておらず、且つ農地調整法(昭和二四年法律第二一五号により改正されたもの)第一五条の二四の規定に違反し交換の当事者である被告岩田武男(当時釧路市鳥取地市農地委員)が議事に参与してなされた議決である。(二)、自作農創設特別措置法第三条二により交換は地目、面積、等位等が近似する小作地と政府が同法第一六条により売渡すべき農地との間になされるべきであるのに、本件交換当時の本件各土地の現況は別紙目録第一の(一)、(二)の土地は雑種地、同第一の(三)、(四)、(五)は宅地であり、同目録第二の土地は原野であつた。従つて本件交換は交換の対象となり得ない土地についてなされたものである。(三)本件交換は被告岩田武男が当時釧路市鳥取地区農地委員であつたところから、自作農創設特別措置法の交換の規定に名をかり自己に有利な土地を取得するためその職権を利用して自己所有の別紙目録第二の原野と市街地に近く価格の高い同目録第一の各土地とを交換したものである。

四、以上の理由で本件交換は不成立ないし無効であるから、別紙目禄第一の各土地の所有権は被告岩田武男に移転しておらず、右各土地につき同被告のためになされた各所有権移転登記は何れも無効であり、従つて同被告を除くその余の被告等のためになされた上記各所有権移転登記及び抵当権設定登記もまた無効である。よつて原告は被告等に対しそれぞれ当該被告のための前記各所有権移転登記及び抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

と述べ、

被告岩田武男、中村信一、土屋広司及び土屋正司の同時履行の主張に対し、本件交換は前記の如く自作農創設特別措置法の交換の規定を濫用して被告岩田武男が自己に有利な土地を取得しようとして為されたものであるから、被告等において公平の観念を基礎とする同時履行の抗弁権を行使することは許されない

と述べた。

被告岩田武男、中村信一、土屋広司及び土屋正司代理人は、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実中前記記載の事実(但し被告株式会社北洋相互銀行に対する各根抵当権設定登記の点を除く)及び原告主張の釧路市鳥取地区農地委員会の交換指示の議決につき被告岩田が議事に参与したことは認めるが、その余の事実は全部否認する。

本件交換については昭和二五年六月一二日釧路市鳥取地区農地委員会において交換によつて小作地の所有者である被告岩田が取得すべき農地として字鳥取七四番地の三原野(現況畑)一反三畝二四歩、同七四番地の六原野(現況畑)四反二畝五歩、同九七番地の一原野(現況畑)五反四歩、同九七番地の二原野(現況畑)二反、交換によつて政府が取得すべき農地として字舌辛原野一三線一一〇番地の二原野(現況畑)三町一反七歩とそれぞれ特定して交換指示の議決がなされ、同日同委員会から被告岩田武男に対し右議決通りの交換の指示がなされ同日右両者間で協議がなされ有効に協議が成立したものである。もつとも右議決に被告岩田武男が参加したがそれによつて右議決が無効となることはない。

右交換当時別紙目録第一の各土地は近隣の非専業農家が蔬菜畑として利用していた農地であり、同第二の土地も農地として安藤義が小作していた。而して自作農創設特別措置法第二三条による農地所有権の交換は公法上の契約であつて、その効力は民法上の意思表示に関する規定によつてこれを判断すべきである。従つて原告は本件交換が交換の対象となり得ない土地についてなされたものであるから無効であると主張するが、交換の対象となる相互の土地の近似性に関し要素の錯誤がある場合のほかこの点に関する無効原因はあり得ない。而して本件においては交換の対象となる土地の近似性について要素の錯誤がないばかりでなく、右近似性の判断は専ら原告国の機関である上記農地委員会が判断すべき義務のある事項であり、交換の相手方である小作地の所有者は指示を受けた場合に協議をすべき義務を負わされるに過ぎないのであるから、指示があり協議がなされて交換契約が成立した以上、原告国から近似性がないことを理由に要素の錯誤を主張することは許されない。仮に交換が行政処分であり民法上の右錯誤の規定の適用がないとしても交換の対象となる農地の近似性の判断は管轄農地委員会の自由裁量にゆだねられているものであつて、本件交換も釧路市鳥取地区農地委員会が右自由裁量権の範囲内でなした適法な処分である。

又かりに、本件交換が無効であるとしても、

(一)  その無効は原告の機関として右交換の指示協議をなした上記 農地委員会の重大な過失に基くものであるから原告からその無効を主張することはできない。

(二)  又別紙目録第二の土地は右交換後昭和二五年一二月二日自作農創設特別措置法により村井清に売渡され且つ昭和二六年二月八日釧路地方法務局受付第四六二号により売渡による所有権移転登記がなされているのであるから、この売渡処分をそのままにして被告岩田武男が交換によつて取得した同目録第一の土地についてのみ無効を理由に抹消登記手続を求めることは、一方において原告が取得した別紙目録第二の土地をそのまま村井清に所有させつつ、他方自己が被告岩田武男に所有権を移転した同目録第一の土地の返還を求める結果となり不合理である。従つて原告から右交換の無効を主張することはできない。

(三)  かりに右主張が理由ないとしても、被告等は同時履行の抗弁権を行使し、原告が同目録第二の土地を、被告岩田に引渡し且つ右土地につき同被告に対し所有権移転登記手続或いは交換による原告のための所有権取得登記及び村井清に対する売渡による右所有権移転登記の各抹消登記手続をなすに至るまで別紙目録第一の各土地に関する原告請求の各登記抹消手続の履行を拒絶する。」と述べた。

被告株式会社北洋相互銀行は適式の呼出を受けながら本件口頭、弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた答弁書によれば、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中別紙目録第一、(四)の土地についての各根抵当権設定登記がなされた事実は認めるがその余の事実は全部否認する旨の記載がある。

立証<省略>

理由

一、被告岩田武男、中村信一、土屋広司及び土屋正司に対する請求について、

もと原告の所有地であつた別紙目録第一の各土地と、もと被告岩田武男の所有地であつた同目録第二の土地との間に、同目録第一の(一)、(二)の土地については昭和二五年八月一〇日付で、同目録第一の(三)乃至(五)の土地については同月一七日付でいずれも自作農創設特別措置法第二三条による交換が成立したものとして右第一の各土地につき原告主張の通りの被告岩田武男への各所有権移転登記がなされ、更に原告主張の通りの被告中村信一、同土屋正司、同土屋広司への各所有権移転登記がなされた事実はいずれも原告と被告等(被告株式会社北洋相互銀行を除くその余の被告等をいう、以下本項につき同じ)との間に争いがない。

よつて、まず本件交換が交換の対象となし得ない土地につきなされたため無効であるとの原告の主張について判断するに、自作農創設特別措置法による農地所有権の交換は同法による農地の買収売渡に伴い小作農に対し自作農となるべき機会を公正に与え、併せて農地の集団化を進めようとするものであつて高度の公共的性格を有し、同法第二三条第二四条によれば、政府が同法第一六条の規定により農地を売り渡す場合において、自作農の創設を適正に行うために特に必要があるときは、まず市町村農地委員会において、地目面積等位等が当該農地と近似する小作地と当該農地との交換について、当該小作地の所有者に対し、交換により当該小作地の所有者の取得すべき農地及び政府の取得すべき農地についてその所在、地番、地目及び面積を定めて必要な事項の指示をなし、右指示を受けたものは指示を受けた日から一〇日以内に市町村農地委員会と協議をしなければならず、協議が調わないとき又は協議をなすことができないときは市町村農地委員会の申請により都道府県農地委員会が裁定をなすべく、右裁定があつたときはその定めるところにより交換の契約が成立したものとみなされ、右協議又は裁定において定められた日に農地の所有権移転の効力が生ずべきものと規定されている。してみると右協議の成立による農地所有権の交換も私法上の契約とはその性質を異にして契約自由の原則の適用を受けず、右自創法に定める要件に適合する場合に限つて有効に成立し得べきものであつて、右要件に抵触する重大且明白なかしの存するときは被告等主張の如く要素の錯誤を問題とするまでもなく、当然無効となるものといわなければならない。そこで、これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第三号証、同第四号証の一、二、同第五号証、同第七号証の一、二、同第八号証、同第二〇、二一号証、公交書であつて真正に成立したと認める同第六号証、検証の結果、証人浅野誠二同舟木卯吉、同村井清、同野村謹作の各証言及び被告本人岩田武男の尋問の結果(一部)を綜合すると、もと被告岩田武男の所有であつた別紙目録第二の土地は一部に稍高地になつた牧草地帯があるが、他の大部分は湿地帯の原野で俗に谷地坊主と称する雑草が一面に生育しており、前記交換当時までに二、三名の者が採草したことはあつたが、農地として耕作されたことは一度もなく、従つて右交換当時自作農創設特別措置法にいう小作地であつたとは到底認められない。他方これと交換された別紙目録第一の各土地は昭和二二年一〇月頃から昭和二三年七月頃までの間に原告によつて買収され、その後しばらくの間貸付けを受けて付近の非専業農家が蔬菜畠として使用していたが、比較的市街地に近く立地条件もよいので昭和二四年頃から被告岩田武男が海産物乾場として使用するようになり、右各土地のうち目録第一の(一)、(二)、(五)の各土地上には昭和二四年六月頃には既に被告岩田の海産乾場のための小屋が存在し、昭和二五年四月頃迄には同地上に土屋広司が水産加工場、倉庫、住宅等を建築し、同目録第一の(四)の土地上には昭和二五年三月頃土屋正司が住宅を建築し、同第一の(三)の土地上には同年六月頃既に中村広司の海産物乾場のための小屋や加工場が存在しており、その頃には右各土地のうち建物敷地を除く残地は何れも右の者等により海産物乾場として利用されていた事実が認められ、右各土地は前記交換当時は全般的に潰廃されて既に農地ではなくなつていたことが明らかである。そうだとすれば、たとえ本件交換が被告等主張の如く適式な手続によつてなされたものであるとしても、右交換はその内容が前記自作農創設特別措置法の規定に違反し、同法にいう小作地でない土地と農地でない土地との間になされた瑕疵があり、且つ右瑕疵は前記認定の右土地の状況に照し重大且つ明白であると認められるから、右交換は当然無効であることを免れない。なお被告等は如何なる土地につき交換の指示協議をなすべきかは行政庁の自由裁量であると主張するので、この点について判断するに、もとより如何なる土地につき交換の指示協議をなすべきかは一応市町村農地委員会の判断にまつべき事項であるが、自作農創設特別措置法には前記の如く政府所有農地と地目、面積等の近似する小作地とにつき交換の指示協議をなすべき旨定められており、農地所有権の交換が公共的性格を有し且つ農地所有者及び小作農の権利に重大な影響を及ぼすことに鑑みれば、本件におけるように非農地と非小作地とであることが客観的に明らかな土地の交換にまで市町村農地委員会の裁量権が及ぶものとは到底認められないから結局被告等の右主張は採用できない。

而して、本件農地所有権の交換が当然無効である以上、上記農地所有権交換の公共的性格に照し原告は、その無効が原告の機関である鳥取町農地委員会の構成員の過失に基くか否かにかかわりなく、又右交換により政府の取得した土地につき後に自創法による売渡処分がなされたか否かに関係なく、被告等に対し右交換の無効を主張し得べきものと解するのを相当とするから、右交換の無効が国の機関の過失に基き、又右交換により政府の取得した土地につき後に売渡処分がなされたから原告は右交換の無効を主張し得ないとの被告等の主張は何れもこれを採用することができず、従つて被告等は原告に対しそれぞれ自己のための右交換を原因とする上記各所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務を負うべきものといわなければならない。

次に被告等の同時履行の抗弁について考えるに、本件の如く農地所有権の交換が無効である場合の相互の原状回復義務については双務契約から生じた債務に同時履行の抗弁権を認めた民法第五三三条を準用する明文もないし、且つその性質上両者の原状回復義務を相互に牽連して履行きせることが特に公平上要求される場合であるとも言い得ないから、被告等の上記抹消登記義務につき同時履行の抗弁を認めることはできない。

二、被告株式会社北洋相互銀行に対する請求について、

被告株式会社北洋相互銀行が、別紙目録第一(四)の土地につき昭和二六年三月二九日釧路地方法務局受付第三三七号をもつて被告岩田武男との間の同日付設定契約を原因とする根抵当権設定契約及び昭和三〇年五月二八日同法務局受付第二一六五号をもつて、被告土屋正司との間の同日付設定契約を原因とする根抵当権設定登記をなしたことは原告と被告北洋相互銀行との間において争がない。

ところで右各根抵当権設定契約の有効に存在することについては同被告において何等の主張立証をなさず、却つて上記認定の通り右土地に関する上記交換が無効であることが明らかであつて、右土地の所有権は被告岩田武男及び土屋正司に移転しておらず、右各根抵当権設定契約は無権利者のなした無効の契約というのほかなく、従つて被告北洋相互銀行は原告に右各根抵当権設定登記の抹消登記手続をなすべき義務を負うものといわなければならない。

以上の次第であるから被告等に対しそれぞれ前記各所有権移転登記及び根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石松竹雄 駿河哲男 立川共生)

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